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BL好きの腐女子を考える 


今さらながら、『ヒカルの碁』のテレビシリーズを全て観た。
ニコ動で…。
話自体はヒカルの成長物語なのだけれど、主役はもちろん、そこに絡んで来る脇役達の嫉妬や怒り、不安や葛藤などの心理描写がとても丁寧に描かれていて、不覚にも何度も涙が出そうになった。

と…ここで本題です。腐女子について。

こういった作品には付きものの、腐女子による(ものと思われる)BL(ボーイズラブ)系のコメントが多数あり、そのコメント自体を消して観ることは出来たけれど、面白いので全部流して観ることにした。
どうやら、ライバルのアキラがヒカルに興味ありありなのに、目の前でツンツンしている姿に、彼女達は『萌え』を感じているらしい。
まぁ、分からなくも無いので、コメント自体は全て楽しめた。
もちだはレズにあまり興味がわかないので、異性の同性愛にロマンを感じる人の気持ちを、100%は理解できない。
けれど画面に登場する美少年や美少女を、まるで『人形=フィギュア』のようにとらえ、頭の中で独自のストーリーを組み立て、自由に妄想するプロセスと、その楽しみは充分に理解できる。
それをジャニーズや、類似した3次元のアイドルに置き換えても同様に。
ただ異性の同性愛に対して、何がしかのロマンやファンタジーを感じ続けるためには、それを見守ることにカタルシスを獲得する必要がある。
逆に言えば、「それを妄想することで気持ちがいいと思える何か」が無ければ、妄想などしないということ。
ここで前提として言えることを整理しておくと、BL腐女子は異性が好きなのであり、自身が同性愛者ではないのだから、今流行りの性同一性障害などではない。
両刀の場合を除き、セックスはノーマルのはずである。
きっと、異性の同性愛に憧れるときに、どちらかの同性愛者に自己を投影して心の欠落を満たすことで、彼や彼女の魂のアンドロギュノスを具象化した恰好となり、それを代償にカタルシスを充たしているのではないのかと推測する。
つまり、BL好きの腐女子と呼ばれる彼女達は、『ふたなりの自分を愛し、また愛されることを切望している』のではないかと。
レズ好きの人間ではない単純なもちだからすると、これは結構高度な妄想遊戯に思えた。
腐女子はエロ・エリートである。
以上、ヒカルの碁の感想でした(爆)

[ 2007/12/20 23:20 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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